日タイ租税条約について
本稿では、日本とタイ両国間の二重課税と脱税を防止することを目的に制定された「日本・タイ租税条約(正式名称:所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とタイとの間の条約)」について解説いたします。なお、本稿では主要な項目のみについて抜粋しており、各項目における例外事項等をすべて網羅していませんので、ご留意下さい。
租税条約とは
租税条約とは、二国間または多国間で締結される協定であり、締約国間での二重課税を回避し、脱税を防止するための取り決めを定めたものです。主な目的は、国際的な経済取引や投資を促進し、企業や個人がそれぞれの国で公正かつ適切な税負担を受けるようにすることです。
具体的には、租税条約は所得税や法人税などの直接税に関する規定を含み、所得の配分方法、課税権の配分、税率の上限設定、情報交換の枠組みなどを定めています。これにより、同一の所得に対して複数の国で重複して課税されることを防ぎ、納税者にとって予測可能な税務環境を提供します。(なお一般的に、国内法で定めがある規定について、租税条約で特別な取扱いが規定されている場合には、租税条約の規定が優先され適用されることになります。)
日本とタイの間でも租税条約が締結されており、両国の企業や個人が安心して相互に投資や経済活動を行うための基盤を提供しています。この条約により、例えば日本企業がタイで得た利益について、タイと日本の双方で課税されることなく、どちらか一方で適切に課税されるよう調整されます。これにより、二国間の経済的な連携が強化され、国際的なビジネスの障壁が減少します。それでは次項より日本・タイ租税条約の内容を見ていきましょう。
適用される租税(第2条)
日本における「所得税」と「法人税」、タイにおける「所得税」(個人所得税、法人所得税が含まれます)と「石油消費税」が対象となります。
恒久的施設と恒久的施設の所得(第5条、第7条)
- 「恒久的施設」(Permanent Establishment – PE)とは、“事業を行う一定の場所であって企業がその事業の一部または全部を行う場所”と定められており、具体的には、事業の管理場所、支店・事務所、工場等が該当します。
- 日本の企業は、タイに恒久的施設を保有していなければ、タイで事業を行ったとしてもタイで課税されることはありません。
- 一方で、日本の企業がタイの恒久的施設を通じてタイで事業を行う場合は、その恒久的施設に帰せられる所得または費用は、その所得または費用がタイ国内で生じたかタイ国外で生じたかを問わず、タイ課税所得の対象となり、タイで課税されます。
不動産(第6条)
両国の関連会社間あるいは同族会社間で生じた所得が、特定の条件により対第三者で生じた所得と異なる場合は、後者の利得金額を基に課税されます。⇒ 例えば関連会社間の低廉譲渡は、否認される可能性があります。
配当(第10条)
- 日本の居住者が受け取るタイ法人からの配当は、日本で課税されます。
- また、タイでも課税できるとされており、課税額は、タイ法人株式の25%以上を保有している場合、配当金額の15%(産業的事業に従事する法人の場合)または20%(その他)を超えない額となります。なお、産業的事業とは、製造業、建設業、電力ガス水道供給業、農林水産業等を指します。⇒ ただし、タイ国内税法に定めるタイ国外への配当に関する源泉税率が10%であるため、実際は税率の低い源泉税率10%で課税されることになります。
- 日本の居住者がタイの恒久的施設を通じて事業を行う場合、当該恒久的施設と関連する株式からの配当については、本条は適用されず、上記【恒久的施設の所得】(第7条)が適用されます。
利子(第11条)
- 日本の居住者が受け取るタイ居住者からの利子は、日本で課税されます。
- また、タイでも課税できるとされており、課税額は、利子の10%(受領者が保険会社を含む金融機関の場合)または25%(その他の法人の場合)を超えない額となります。⇒ ただし、タイ国内税法に定めるタイ国外への利子に関する源泉税率が15%であるため、受領者が保険会社を含む金融機関以外の場合は、実際は税率の低い源泉税率15%で課税されることになります。
- 日本の居住者がタイの恒久的施設を通じて事業を行う場合、当該恒久的施設と関連する債権からの利子については、本条は適用されず、上記【恒久的施設の所得】(第7条)が適用されます。
使用料(ロイヤリティ)(第12条)
- 日本の居住者が受け取るタイ居住者からの使用料は、日本で課税されます。
- また、タイでも課税できるとされており、課税額の上限は使用料の15%です。
- なお、使用料には、著作権、特許権、商標権、意匠、模型、図面、秘密工程の使用・使用権、産業商業上の経験に関する情報の対価、等が含まれます。⇒タイ国内税法に定めるタイ国外への使用料に関する源泉税率15%と同率です。
- 日本の居住者がタイの恒久的施設を通じて事業を行う場合、当該恒久的施設と関連する使用料については本条は適用されず、上記【恒久的施設の所得】(第7条)が適用されます。
譲渡収益(第13条)
日本の居住者が、タイの不動産、恒久的施設の一部または全部、その他財産を譲渡することによって得た収益は、タイで課税されます。⇒例えば、有価証券譲渡益については、タイ国内税法に定める源泉税率15%が適用されます。
人的役務の提供(第14条)
日本の居住者がタイで提供した役務による報酬や所得は、タイで課税されます。ただし、課税年度におけるタイ国滞在期間が180日以内(=税務上タイ非居住者)、日本の居住者またはこれに代わる者からの支払、タイにおいて課税される企業によって負担されない、ことを条件に免税となります。
⇒ 例えば、日本法人より給与を受けている社員が出張ベースによりタイ国で業務を行ったとしても、滞在期間が180日以内であれば、タイでは課税されません。
⇒ 上記に該当しない場合、タイ歳入法第40条(2)に定められる人的役務提供サービス費用や技術指導料については源泉税率15%が、タイ歳入法第40条(7)(8)に定められる請負報酬については源泉税率3%が適用されます。ただし、上記【恒久的施設の所得】(第7条)に基づき、タイ国内に恒久的施設に有していなければ、タイでは課税されません。
⇒ 人的役務の提供であっても無形資産の使用料(ロイヤリティ)と判断されれば、上記【使用料(ロイヤリティ)】(第12条)に従い、恒久的施設の有無を問わず源泉税率15%適用となりますので、注意が必要です。
役員報酬(第15条)
日本の居住者がタイの法人より受け取る役員報酬は、タイで課税されます。⇒滞在期間が180日以内(税務上のタイ非居住者)の役員に対する役員報酬は、15%源泉徴収が必要となります。
二重課税の排除(第21条)
日本の居住者は、日本における課税額から、当条約に基づいてタイで納付した課税額を控除することができます。ただし、控除額は日本の課税額のうちの当該所得に対応する部分を超えない部分です。
※個別の具体的な適用可否等につきましては、内容や条件等により変わってきますので、必ず事前に顧問税理士等にご確認下さい。